転校が多かった功罪 友人関係が希薄になった
1月の中旬以降は受験シーズンのようだ。大学受験は全国でほとんど同一日程だが、中学、高校受験は関東関西ではかなりずれる。
中学受験は関西では1月中旬、関東では2月上旬
高校受験は関西では2月中旬、関東では1月中旬のようである。
当事者や両親にとってはこれまでの努力、犠牲の総決算であり、かなり神経質になる時期。
当方は自分の受験がはるか昔なので最近の緊張感は分からない。普通のサラリーマンでも子供の教育は気になるところだが、転勤族で子供が対象の年齢だと迷うことになると思う。
当方は転勤族というほどではないが、子供の受験を考えているのでこの時期は自分の異動がどうなるか、また子供の受験をどこでさせるのか、ということが今後の大きな課題となっている。
自分の親は完全に転勤族であったため小学校、中学校と合わせて5校経験した。
自分としては親に振り回されたとは思っていないし、それぞれの場所で苦労もしたこともあったがいまとなってはいい思い出になっている。
兄弟はそう思っていないかもしれないが・・・。
いずれにしても転校が多かったことが自分の人格形成に少なからず影響を与えていることは間違いない。
具体的には、いくつも要素があるが顕著なのは友人関係が希薄になってしまったことである。
自分の親が異動するからこの学校には長くいないかもしれない、なんてことは露にも思っていなかったので普通に友人関係を築いていたと思う。転校することが決まった時にはかなりの驚きがあったはずだがなぜか意外とすんなり受け入れていたと思う。
最初が海外であったこともあり、そもそも転勤、転校が多く入れ替りが激しく日常の行事であったからかもしれない。
日本に帰国してからも転校は2回あったが、転校することにプレミアム感を感じていた時期もあった。これは親から巧みに意識を操作された結果かもしれないが、実際には転校性は注目を浴びるし、もてたりすることがあるのだ。何よりほかの生徒とは違うということも特別感があった。別にどこも自分自身に特別なことはないのに。
転校によっていろいろな人間のタイプがいることを知ったり、いろんな地域を見ることができたが、その反面友人との関係が結果的に希薄になってしまったことが残念である。
いまでも同窓会があって連絡がきて、その気になれば行くが、自分から誘って同級生に会うことはない。
自分の性格上面倒なのもあるし、いまの生活で十分満ち足りているから。
たまたま同窓の集まりに行ったときに、同級生から「自分から誘わないと会えないよ。」みたいな後から考えるとくそ面倒なことを言われ、その時はそうだね、と思ったが、別に特段会いたくもないのでそれ以来その同級生とは会っていない。
嫌いではないが、ただでさえ面倒なのに、更に面倒なことをいわれに行くなんてまっぴらごめんである。
おせっかいなのかよくわからないが、サラリーマン生活で消耗しているのに昔の記憶を少し共有しているというだけでわざわざお金と時間をかけて同級に会いに行く気分にはいまはなれそうもない。
これも中年の危機の影響だろうか。