中年の危機の功罪
中年の危機は万国共通のようです。
欧米からの輸入だろうかと調べたら哲学者のユングさんが、中年の期間を「人生の転換期」と捉え、多くの人が何かしらの危機を感じる、と言っているらしい。
ここにきて自分もまさにその「転換期」を迎えたのではないかと思っている。
これまでは人生について深く考えずに目の前のタスクをこなして過ごしてきた。
自ら人生において、自分の役割、使命、生きがいなどを考えて大きな決断をしてこなかったともいえる。
ここにきてようやくそれを考えるタイミングにきたのである。
きっかけは異動、転勤、業務の変更で環境が大きく変わったことにあり、
この異動がなければいまだに のほほん と生活していたのかもしれない。
そう思うと今回の異動はよかったと言えるかもしれない。
しかしやはりこの異動による業務の変化で精神的、肉体的な苦しさはかなり
きつい。
かなり簡単に整理すると仕事とは自らの時間、肉体、精神を対価として会社に尽くすことである。
やりがいがあって楽しいと感じる側面はあるかもしれないが、週5日間の大部分は
会社に束縛されている。総じて苦しいことの方が多い。「仕事」だから。
前向きな方は、対価として十分な給料を貰えるし、更に自分を鍛えてくれる場所でもあると言う。確かに人間仕事をしないで自堕落な生活を送ってはいけないと思うが、仕事における一定レベルを超えたストレスとなるとそれは苦痛でしかなくなる。
この苦痛に長い間晒されていると体にも変調をきたし、病気の元にもなる。
できるだけ早くこの中年の危機を脱出した方がいいのだろうが、それは自分の人生の意味を見出して、それに向かって道筋をつけなければいけない。
人生における一大事業でもあり、なにかを犠牲にするか決断をしなければならないかもしれない。
それか何か大事なものを諦めて、この不安定で憂鬱な毎日に埋没することを選ぶのか
まさに転換点に来ている。
人生100年と言われているのでまだまだ時間があるかもしれないができるだけ早く方向性を見つけた方がいいに決まっている。